代表プロフィール
はじめまして。不登校支援グループ「エンカレッジ」代表、公認心理師の上野 剛です。
2005年にエンカレッジを設立し、20年以上にわたり、不登校の小中学生とそのご家族への支援に携わってきました。これまで2,000人以上の不登校の子どもたちの学校復帰を支援しています。
私が不登校の子どもたちを支援したいと強く思ったきっかけは、大学時代の教育実習でした。
実際の教育現場を目の当たりにし、助けを求めていても周囲にうまく伝えられず、どうしていいかわからないまま苦しんでいる子どもたちがいることを知りました。
その後、訪問カウンセラーとして不登校の子どもたちと直接関わる中で、子どもへの支援だけでなく、家庭全体への働きかけが重要だと実感。家族療法(システムズアプローチ)を軸に、家庭と子どもの双方に働きかける現在の復学支援へとつながっていきました。
ここでは、私が不登校支援の道に進んだきっかけから、訪問カウンセラーとしての経験、そしてエンカレッジ設立に至るまでをお話しします。
上野剛プロフィール
名前:上野 剛(うえの たけし)
資格:公認心理師/小学校教諭一種免許状/幼稚園教諭一種免許状
役職:不登校支援グループ エンカレッジ代表/家庭教育推進協会代表理事/教育支援センターアドバイザー
専門分野:不登校・復学支援/家族療法(システムズアプローチ)/家庭教育/訪問カウンセリング
支援歴:20年以上
支援実績:2,000人以上の不登校の子どもたちの学校復帰を支援
不登校支援グループ「エンカレッジ」代表
私は2005年1月に、不登校支援グループ「エンカレッジ」を設立しました。
設立以来、20年以上にわたり不登校支援の現場に立ち続け、子どもたちへの訪問カウンセリングと、ご家族への家庭教育支援の両面から復学を支援してきました。
これまで2,000人以上の不登校の子どもたちの学校復帰を支援してきましたが、一人ひとり状況も性格も家庭環境も異なります。だからこそ、「不登校だからこの方法」という一律の対応ではなく、その子とご家庭の現在の状態を見極めることを大切にしています。
また、復学することだけをゴールとは考えていません。学校に戻ったあとも、子ども自身がさまざまな壁を乗り越えながら、自分の力で歩んでいけるようになること。そのための土台を家庭と一緒につくっていくことが、私たちの復学支援だと考えています。
家庭教育を大切にする理由
ここでいう家庭教育とは、家族のメンバーそれぞれが自立して、子どもも伸び伸びと自分の人生を歩んでいけるような家族の在り方を作っていくことです。
例えば最近では、過保護・過干渉の親が増え、自分のことが自分でできない・決められない子どもが増えています。これは子どもだけの問題ではなく、親が何でも先回りしてやってしまうことや、失敗を恐れて挑戦させないことによる影響も大きいと考えています。
親が過保護・過干渉をやめ、子どもに自立心と自信が戻ってくると、家庭内はよいサイクルで回り始めます。このように理想の家族のカタチを家族全員で作っていくのが家庭教育なのです。
この家庭教育の考え方を普及させるため、私は家庭教育推進協会の代表理事や、教育支援センターのコーディネーターも務め、度々講演もしています。
ご興味がある方は講演実績のページからご覧くださいね。
家族療法(システムズアプローチ)を取り入れた理由
もともと日本では「不登校は子ども自身の問題」と言われ、不登校の子どもだけにアプローチする手法しかありませんでした。
しかし私は長年復学支援をしていくなかで、「不登校は子どもだけの問題なのではなく、家族のシステムに何らかの問題があり、それが不登校というかたちで表出している」という家族療法の必要性を強く感じました。
家族療法とは何なのか、子どもに必要な家庭教育とはどんなものかなどを著書でまとめているため、気になる方は読んでみてくださいね。
著書
「さよなら不登校」
「今、子どもの不登校で悩んでいるあなたへ」
私が不登校支援の道に進んだきっかけ
原点となった大学時代の教育実習
私が不登校支援をしたいと思ったきっかけは、大学時代の教育実習です。
私は当時、大阪の大学で教育学部に入り心理学を専攻していました。
最初は小学校の先生になるつもりでした。
そして大学3年生の時に地元名古屋の小学校に教育実習に行き6年生を担当しました。
もともと子どもは好きでしたし、子ども達も教育実習の先生は珍しいのでみんなが寄ってきてくれて毎日がとても充実していました。
しかも、5人の教育実習生の中で男性が私1人だけだったので4年生、5年生の女の子たちもわざわざ私を見に6年生の教室まで来てくれて手紙や折り紙の鶴などたくさんプレゼントしてくれて、「先生照れてる!」と冷やかされながらも喜んでいたのを憶えています。
一人の男の子から受けた相談
10日ほどして、子ども達の名前も顔も覚えて信頼関係もできてきた頃でした。
1人の男の子K君が私に相談してきました。
K君「先生、僕、仲間外れにされているんだ。皆が僕のことを避けていて辛いんだ。」
私「そうか、わかった担任のY先生に相談しよう。一緒に相談してあげるから。」
子「担任のY先生には何度も相談したけど全然聞いてもらえないんだ。だから上野先生に聞いてほしかったんだ」
私「そんなことないと思うよ。もう一度私からも言ってあげるから」
仲間外れの相談は、当時教育実習生だった私にはとても重たい相談でした。
そしてK君と一緒に、Y先生のいる職員室に相談しに行きました。
すると、Y先生は「わかりました。」と職員室から皆のいる教室に向かい、そこでみんなの前でこう言いました。
Y先生「皆さん、K君が仲間外れになっていると言っています。皆さん、心当たりのある方は手を挙げてください。」
(誰も手を挙げない)
Y先生「(みんなとK君に向かって)うちのクラスにそんないじめのようなことをする子はいません!以上です」
衝撃的でした。
私は6年生の担当で教育実習生。先生は学年主任の先生でした。
ベテランの女性で明らかに管理教育で上から皆を従わせる印象はありました。しかし、こんな解決の仕方は教育実習生の私には信じ難いものでした。
これでは何も解決しないことは明白です。これは、K君は辛かったろう。何度相談してもこのように「そんな子はいません」と言われてきたのだろうと思うと胸が締めつけられました。
そして、学年主任でもあるY先生がそんなことをするはずないとK君の発言を信じられず疑ってしまったことにも申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
K君には「担任の先生は自分のクラスにはそんなことする子はいないと信じたいんだろうね。でもK君が辛いのはよくかわったし、あれでは解決できないと思う。先生が相談に乗るから一緒に解決しよう。」と伝えました。
Y先生を非難したかったのですが、子どもに先生のことを悪くは言いたくなかったのでこれができる限りのフォローでした。
そして、そこからK君と私の仲間外れ克服作戦が始まったのです。
仲間外れ克服作戦
まずは、現状を把握することにしました。
確かにK君は中休みのドッチボールに誘ってもらっていませんでした。しかし、K君も自分から誘ってとは言えていませんでした。
そこで、まずは私が間に入って一緒に行こうと提案しました。
私「一緒にやりたいんだろ、だったら自分でも勇気を出さないと。」
K君「やってみる。」
私「よし」
K君は嫌がられるかもしれないと思っていたようですが、勇気を出してくれ、私が背中を抱えて一緒にみんなの前にかけ寄りました。
私「先生とK君も一緒に入れてくれ~」
みんな「先生もやるの~。やったー。」
教育実習生の人気からしてここは想定内でした。さてここからです。今度は、私なしでK君をドッチボールに参加できるようにしないといけません。確かにK君はドッチボールは上手ではありませんでした。「K、ちゃんと投げろよ」と言われることもありました。
その都度、「上手い子も下手な子もみんなで楽しめるようにしよう。」「そんな言い方先生嫌いです。」「そんなこと言う子は、先生がマッハボール投げます(笑)」と冗談を言いながらみんなでやれるようにアプローチしました。
そして2,3度一緒にやってから今度は、私は下駄箱の隅でK君にこう話しました。
私「今日は、自分から入れてと言ってみな。」
K君「怖いけど、自分でも努力しないとね。言ってくる」
K君は覚悟していたようです。
そして、自分からみんなに向かって声を掛けました。
K君「僕も入れて~」
みんな「いーよ」
下駄箱の陰から「よくやった」と喜んだ後に2人で頑張ってきた努力が実ったこと、最後にK君が「自分から努力しないとね」と言ったこと、そして受け入れてくれた優しいクラスのみんなの姿をみて目頭が熱くなったのを今でも憶えています。
成長したK君の姿を見て「これだ!」と思ったのです。
実は、K君以外にも2人から相談を受けました。こんなに悩んでいる子がいる。担任もやりがいがあるが、このような悩みを抱えている子ども達を救いたい。それがカウンセラーになるきっかけでした。
K君や悩みを相談した子からは年賀状が届きました。K君からは3年間年賀状が届いていました。翌年のK君の年賀状には、
「先生のおかげで今年はたくさん友達ができました!」と書かれていました。
訪問カウンセラーとして不登校支援の現場へ
大学卒業後、訪問カウンセラーになる
大学を卒業後、私は訪問カウンセラーとして不登校の子どもたちの支援をするようになりました。
今でこそ訪問カウンセラーは認知されていますが、当時はカウンセラーは訪問するものではないというカウンセリングの考えから訪問カウンセリングを行っているところは少なかったですし、とても狭き門でした。
面接試験日は数日あり、面接会場は私が行った日は50人ほどの会場は満員でした。その中から採用は3名。必死にアピールし仮採用をもらいましたが、連絡はいつまでも来ず。
家庭教師の登録もそうですが、クライエントさんのニーズがなければ訪問できません。昔は訪問カウンセリングも認知されていなかったのでニーズも少なかったのでしょう。
それでも諦めきれない私は、何度も電話をし、ついには雑用でも何でもやりますから事務所に行かせてくださいと自ら乗り込んで事務所に押しかけても行きました。
その努力が報われてか採用されました。仮採用の残りの2名は結局会うことはありませんでした。本採用になれたのは訪問カウンセラーになりたいという熱意が伝わったからかなと思っています。
再登校の喜び
訪問カウンセラーとしての一番の喜びは、子どもが再登校した時の子どもの後ろ姿と親御さんの涙です。
訪問カウンセラーとして初めて担当した子は、実は登校する日には立ち会えませんでした。新人だったのでベテランのカウンセラーが担当しました。
残念でしたが、電話をもらってお母さんと話したとき、号泣したのを憶えています。そこから、登校日は上野はすぐ泣くぞ~とからかわれていました。でもそう言われてもやっぱり泣いてしまいます(笑)
それでも3年もすると登校日に泣かなくなりました。後輩もでき責任のあるポジションになったからです。そして、今では代表になり、子どもと関わるより親御さんと関わる時間が増えたので、あの頃の感覚が遠い過去の事のようにさえ感じます。
訪問カウンセラー冥利に尽きる
訪問カウンセラーとして、ある子どもの登校日前日、その子の家で一緒に寝ることがありました。昔は、子どもが登校前日は不安だからと一緒に泊まることもありました。
今は訪問カウンセラーが子どもの家に泊まって送り出すという支援を行っているところは少ないのではないでしょうか。実際、エンカレッジでも泊まることはほとんどありません。
当時は、子どもが不安だから親御さんが泊ってほしいと言われれば泊まることもありました。たまたま、その子は私との関係がよかったので、子どもから泊ってほしいと熱望され泊ることになりました。一緒に布団を並べながら
子「明日から学校緊張する。」
私「でもここまで準備したから大丈夫、お兄さんもついているから」
子「お兄さん、僕が学校に行ったらもう来なくなるの?」
私「しばらくは来れるから大丈夫だよ。でもいつかは来れなくなるかな。皆と遊べるようになってほしいから。」
子「学校には行きたいけど、それが悲しい。」
もちろん、その時点で泣いています。そしてさらに
子「僕、大きくなったらお兄さんみたいになりたい」
かなり布団を濡らしたと思います。声に出さないように泣くのに必死でした。
これほど訪問カウンセラーとして嬉しいことはありません。
その子がその後、訪問カウンセラーになっているかはわかりませんが、そんな風に思ってもらえる仕事は最高だと訪問カウンセラーになれたことを嬉しく思いました。
訪問カウンセラーとしての葛藤~復学支援プログラムの必要性を実感して~
訪問カウンセラーとして5年ほど経つと、いろいろなことがわかるようになってきました。
子ども達の不登校を解決するためには、子どもだけと関わっていてはダメだと感じるようになりました。現場の人間だからわかる親御さんのよくない対応は、アドバイスしたくなります。
しかし、私が所属していたところは、訪問カウンセラーは子どもだけ担当すればいい。親のアドバイスは担当外だから必要ない。必要なこと以外はするなという考え方でした。そこに葛藤があり、何度も上司と議論しました。
しかし、体質は変わりませんでした。エンカレッジでは訪問カウンセラーにも現場の意見として親御さんにはアドバイスしてもらっていますし、子どもを見ているからこそわかることも多いので親御さんも訪問カウンセラーにアドバイスを求めることも多いです。
しかし、私が所属しているところはNOの一点張りだったので、上司に内緒でアドバイスすることにしました(笑)本当はダメですけどね。
エンカレッジでは私と訪問カウンセラーの連携はバッチリですからそんなことはないはずです。たぶん・・・
不登校支援グループエンカレッジの設立~復学支援プログラムの実践へ~
不登校支援グループエンカレッジを立ち上げる
訪問カウンセラーとして7年が過ぎた頃から、やはり自分が考える復学支援プログラムが必要不可欠だと考えるようになりました。
そして8年が過ぎ復学に導いた子ども達も400人を超えたころ、結局所属機関との対立も折り合いがつかないことから、今の不登校支援グループエンカレッジを立ち上げました。
当時29歳です。30歳にも満たない年齢で自分の母親よりも歳が上の人に、家庭教育を説く。今考えたら皆さんよく依頼してくれたなと思います。
しかし、もともと心理学を専攻していたので心理学の知識は豊富で親業や家族療法の理論もたくさん勉強していました。
8年の経験と共に、子どもがどのようにしたら学校に戻りやすいか、一度崩れてしまった家族関係をより良い形にするにはどうするのがいいのかと常に考えていました。その熱意が皆さんに伝わったのだと思います。
「先生の若い力にかけたい」と私と一緒になって子ども達の復学に向けて取り組んでくださいました。
20年以上にわたり、2,000人以上の学校復帰を支援

2005年に不登校支援グループ「エンカレッジ」を設立して以来、20年以上にわたり、不登校の子どもたちとそのご家族に向き合ってきました。
これまでに2,000人以上の不登校の子どもたちの学校復帰を支援してきましたが、一人ひとり状況も性格も家庭環境も異なります。だからこそ、「この方法なら必ず大丈夫」という一律の支援ではなく、その子とご家庭の現在の状態を見極めながら支援することを大切にしています。
また、復学することだけをゴールとは考えていません。学校に戻ったあとも、子ども自身がさまざまな壁を乗り越えながら、自分の力で歩んでいけるようになること。そのための土台を家庭と一緒につくっていくことが、私たちの復学支援だと考えています。
20年以上の支援を通して感じていること
これまで多くのご家庭と関わる中で、「もっと早く相談すればよかった」「支援を受けてよかった」といった言葉をいただくことがありました。
不登校になると、親御さんは「このまま待っていていいのだろうか」「自分の関わり方が悪かったのではないか」と悩まれることも少なくありません。
しかし、子どもの状態や不登校の段階によって、必要な関わり方は変わります。大切なのは、今のお子さんがどのような状態にいるのかを見極め、その時にできることを一つずつ積み重ねていくことだと考えています。
私がこの仕事を続けているのは、不登校になっても「できることはある」と知ってほしいからです。子どもたちとご家族がもう一度前を向くための道を一緒に考えていくことが、私たちの役割だと思っています。
大切にしている言葉「日々勉強」
私の好きな言葉「日々勉強」。
支援を卒業いただくときにも「日々勉強」の気持ちで家庭教育を続けてくださいと伝えていますし、本のサインにも「日々勉強」と書いています。
あなたにもお伝えします。「日々勉強」の気持ちでこれからあなたの家庭の「理想のカタチ」を目指して頑張っていきましょう。
最後に―エンカレッジが大切にしていること
20年以上、不登校の子どもたちとご家族に関わってきて、私が強く感じていることがあります。
それは、先が見えないことが、親御さんにとって大きな不安になるということです。
「このままで大丈夫なのだろうか」
「いつまで待てばいいのだろう」
「学校に戻ることはできるのだろうか」
そんな不安の中にいるときでも、「今できることがある」「ここから進んでいく道がある」とわかることで、希望を持てることがあります。
これまでの支援経験をもとに、これからのエンカレッジが大切にしていく考えを、次の言葉に込めています。
理念
希望は、「道がある」とわかった瞬間に生まれる。
約束
私たちが、その道を照らします。
信念
「待つしかない」から、「今できることがある」へ。
願い
「もっと早く動けばよかった」を、「今でよかった」に変えたい。
エンカレッジの支援は、不登校になったことや、これまでの親御さんの関わりを責めるためのものではありません。
お子さんが今どこにいるのかを一緒に考え、今できることを見つけ、次の一歩につなげていくためにあります。
これからもエンカレッジは、子どもたちの明るい未来のためにご家族が前に進むための「道」を一緒に探していきたいと思っています。



