解決しよう!不登校
親の対応サポートブログ

プロフィール

不登校カウンセラー 不登校支援グループエンカレッジ代表 上野 剛(うえの たけし) のプロフィール

 

不登校専門カウンセラー

不登校支援グループエンカレッジ 代表カウンセラー

家庭教育推進協会   代表理事

著書 「さよなら不登校」
著書 「今子どもの不登校で悩んでいるあなたへ」

不登校支援を目指したきっかけ~教育実習での経験から~

きっかけ

最初のきっかけ

私は当時、大阪の大学で教育学部に入り心理学を専攻していました。最初は小学校の先生になるつもりでした。そして大学3年生の時に地元名古屋の小学校に教育実習に行き6年生を担当しました。

もともと子どもは好きでしたし、子ども達も教育実習の先生は珍しいのでみんなが寄ってきてくれて毎日がとても充実していました。

しかも、5人の教育実習生の中で男性が私1人だけだったので4年生、5年生の女の子たちもわざわざ私を見に6年生の教室まで来てくれて手紙や折り紙の鶴などたくさんプレゼントしてくれて、「先生照れてる!」と冷やかされながらも喜んでいたのを憶えています。

そんなときに事件が起こる

10日ほどして、子ども達の名前も顔も覚えて信頼関係もできてきた頃でした。1人男の子K君が私に相談してきました。

K君「先生、僕、仲間外れにされているんだ。皆が僕のことを避けていて辛いんだ。」

教育実習生である当時の私にはとても重たい相談でした。そして

私「そうか、わかった担任のY先生に相談しよう。一緒に相談してあげるから。」

と伝えると、その子は

子「担任のY先生には何度も相談したけど全然聞いてもらえないんだ。だから上野先生に聞いてほしかったんだ」

私「そんなことないと思うよ。もう一度私からも言ってあげるから」

とY先生のいる職員室に相談しに行きました。すると、Y先生は

「わかりました。」と職員室から皆のいる教室に向かいました。

そこでみんなの前で

Y先生「皆さん、K君が仲間外れになっていると言っています。皆さん、心当たりのある方は手を挙げてください。」

もちろん、誰もあげません。

するとY先生はみんなとK君に向かって

Y先生「うちのクラスにそんないじめのようなことをする子はいません!以上です」

衝撃的でした。私は6年生の担当で教育実習生。先生は学年主任の先生でした。ベテランの女性で明らかに管理教育で上から皆を従わせる印象はありました。しかし、こんな解決の仕方は教育実習生の私には信じ難いものでした。

これでは何も解決しないことは明白です。これは、K君は辛かったろう。何度相談してもこのように「そんな子はいません」と言われてきたのだろうと思うと胸が締めつけられました。そして、学年主任でもあるY先生がそんなことをするはずないとK君の発言を信じられず疑ってしまったことにも申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

K君には「担任の先生は自分のクラスにはそんなことする子はいないと信じたいんだろうね。でもK君が辛いのはよくかわったし、あれでは解決できないと思う。先生が相談に乗るから一緒に解決しよう。」と伝えました。

Y先生を非難したかったのですが、子どもに先生のことを悪くは言いたくなかったのでこれができる限りのフォローでした。
そして、そこからK君と私の仲間外れ克服作戦が始まったのです。

仲間外れ克服作戦

まずは、現状を把握することにしました。確かにK君は中休みのドッチボールに誘ってもらっていませんでした。しかし、K君も自分から誘ってとは言えていませんでした。そこで、まずは私が間に入って一緒に行こうと提案しました。K君は嫌がられるかもしれないと思っていたようですが、

私「一緒にやりたいんだろ、だったら自分でも勇気を出さないと。」

K君「やってみる。」

私「よし」

と背中を抱えて一緒にみんなの前にかけ寄りました。

私「先生とK君も一緒に入れてくれ~」

みんな「先生もやるの~。やったー。」

教育実習生の人気からしてここは想定内でした。さてここからです。今度は、私なしでK君をドッチボールに参加できるようにしないといけません。確かにK君はドッチボールは上手ではありませんでした。「K、ちゃんと投げろよ」と言われることもありました。その都度、「上手い子も下手な子もみんなで楽しめるようにしよう。」「そんな言い方先生嫌いです。」「そんなこと言う子は、先生がマッハボール投げます(笑)」と冗談を言いながらみんなでやれるようにアプローチしました。

そして2,3度一緒にやってから今度は、私は下駄箱の隅でK君にこう話しました。

私「今日は、自分から入れてと言ってみな。」

K君は覚悟していたようです。

K君「怖いけど、自分でも努力しないとね。言ってくる」

K君「僕も入れて~」

みんな「いーよ」

下駄箱の陰から「よくやった」と喜んだ後に2人で頑張ってきた努力が実ったこと、最後にK君が「自分から努力しないとね」と言ったこと、そして受け入れてくれた優しいクラスのみんなの姿をみて目頭が熱くなったのを今でも憶えています。成長したK君の姿を見て、これだと思ったのです。

実は、K君以外にも2人から相談を受けました。こんなに悩んでいる子がいる。担任もやりがいがあるが、このような悩みを抱えている子ども達を救いたい。それがカウンセラーになるきっかけでした。

K君や悩みを相談した子からは年賀状が届きました。K君からは3年間年賀状が届いていました。翌年のK君の年賀状には、

「先生のおかげで今年はたくさん友達ができました!」と書かれていました。

訪問カウンセラーとしての活動~再登校の喜びを経験して~

きっかけ

訪問カウンセラーになる

大学を卒業後、私は訪問カウンセラーとして不登校の子どもたちの支援をするようになりました。今でこそ訪問カウンセラーは認知されていますが、当時はカウンセラーは訪問するものではないというカウンセリングの考えから訪問カウンセリングを行っているところは少なかったですし、とても狭き門でした。

面接試験日は数日あり、面接会場は私が行った日は50人ほどの会場は満員でした。その中から採用は3名。必死にアピールし仮採用をもらいましたが、連絡はいつまでも来ず。

家庭教師の登録もそうですが、クライエントさんのニーズがなければ訪問できません。昔は訪問カウンセリングも認知されていなかったのでニーズも少なかったのでしょう。それでも諦めきれない私は、何度も電話をし、ついには雑用でも何でもやりますから事務所に行かせてくださいと自ら乗り込んで事務所に押しかけても行きました。

その努力が報われてか採用されました。仮採用の残りの2名は結局会うことはありませんでした。本採用になれたのは訪問カウンセラーになりたいという熱意が伝わったからかなと思っています。

再登校の喜び

訪問カウンセラーとしての一番の喜びは、子どもが再登校した時の子どもの後ろ姿と親御さんの涙です。

訪問カウンセラーとして初めて担当した子は、実は登校する日には立ち会えませんでした。新人だったのでベテランのカウンセラーが担当しました。残念でしたが、電話をもらってお母さんと話したとき、号泣したのを憶えています。そこから、登校日は上野はすぐ泣くぞ~とからかわれていました。でもそう言われてもやっぱり泣いてしまいます(笑)

それでも3年もすると登校日に泣かなくなりました。後輩もでき責任のあるポジションになったからです。そして、今では代表になり、子どもと関わるより親御さんと関わる時間が増えたので、あの頃の感覚が遠い過去の事のようにさえ感じます。

訪問カウンセラー冥利に尽きる

訪問カウンセラーとして、ある子どもの登校日前日、その子の家で一緒に寝ることがありました。昔は、子どもが登校前日は不安だからと一緒に泊まることもありました。今は訪問カウンセラーが子どもの家に泊まって送り出すという支援を行っているところは少ないのではないでしょうか。実際、エンカレッジでも泊まることはほとんどありません。

当時は、子どもが不安だから親御さんが泊ってほしいと言われれば泊まることもありました。たまたま、その子は私との関係がよかったので、子どもから泊ってほしいと熱望され泊ることになりました。一緒に布団を並べながら

子「明日から学校緊張する。」

私「でもここまで準備したから大丈夫、お兄さんもついているから」

などと話していました。そしてその子が

子「お兄さん、僕が学校に行ったらもう来なくなるの?」

私「しばらくは来れるから大丈夫だよ。でもいつかは来れなくなるかな。皆と遊べるようになってほしいから。」

子「学校には行きたいけど、それが悲しい。」

もちろん、その時点で泣いています。そしてさらに

子「僕、大きくなったらお兄さんみたいになりたい」

かなり布団を濡らしたと思います。声に出さないように泣くのに必死でした。これほど訪問カウンセラーとして嬉しいことはありません。

その子がその後、訪問カウンセラーになっているかはわかりませんが、そんな風に思ってもらえる仕事は最高だと訪問カウンセラーになれたことを嬉しく思いました。

訪問カウンセラーとしての葛藤~復学支援プログラムの必要性を実感して~

葛藤

葛藤

訪問カウンセラーとして5年ほど経つと、いろいろなことがわかるようになってきました。子ども達の不登校を解決するためには、子どもだけと関わっていてはダメだと感じるようになりました。現場の人間だからわかる親御さんのよくない対応は、アドバイスしたくなります。

しかし、私が所属していたところは、訪問カウンセラーは子どもだけ担当すればいい。親のアドバイスは担当外だから必要ない。必要なこと以外はするなという考え方でした。そこに葛藤があり、何度も上司と議論しました。

しかし、体質は変わりませんでした。エンカレッジでは訪問カウンセラーにも現場の意見として親御さんにはアドバイスしてもらっていますし、子どもを見ているからこそわかることも多いので親御さんも訪問カウンセラーにアドバイスを求めることも多いです。しかし、私が所属しているところはNOの一点張りだったので、上司に内緒でアドバイスすることにしました(笑)本当はダメですけどね。

エンカレッジでは私と訪問カウンセラーの連携はバッチリですからそんなことはないはずです。たぶん・・・

不登校支援グループエンカレッジの設立~復学支援プログラムの実践へ~

エンカレッジ 立ち上げ

不登校支援グループエンカレッジを立ち上げる。

訪問カウンセラーとして7年が過ぎた頃から、やはり自分が考える復学支援プログラムが必要不可欠だと考えるようになりました。そして8年が過ぎ復学に導いた子ども達も400人を超えたころ、結局所属機関との対立も折り合いがつかないことから、今の不登校支援グループエンカレッジを立ち上げました。

当時29歳です。30歳にも満たない年齢で自分の母親よりも歳が上の人に、家庭教育を説く。今考えたら皆さんよく依頼してくれたなと思います。しかし、もともと心理学を専攻していたので心理学の知識は豊富で親業や家族療法の理論もたくさん勉強していました。8年の経験と共に、子どもがどのようにしたら学校に戻りやすいか、一度崩れてしまった家族関係をより良い形にするにはどうするのがいいのかと常に考えていました。その熱意が皆さんに伝わったのだと思います。「先生の若い力にかけたい」と私と一緒になって子ども達の復学に向けて取り組んでくださいました。

不登校支援グループエンカレッジを立ち上げて14年。復学率100% 復学人数1000人を達成。

これは最新刊「今子どもの不登校で悩んでいるあなたへ」でも書きましたが、復学率が100%という数字が凄いのではなく、100%になる復学支援プログラムやそれを支えるカウンセラーが凄いのです。だから結果的に100%なのです。

復学人数に関しては訪問カウンセラーのときよりも1年で復学に導ける子ども達の数は減りました。訪問カウンセラーは多くの子どもたちに関わりますが、エンカレッジの代表としては家族全体を支える必要があるので、それだけ少なくなります。

しかし、訪問カウンセラーとして8年エンカレッジの代表カウンセラーになって14年。22年という人生の半分以上を不登校専門のカウンセラーとして支援して1000人以上の子ども達を復学に導いてきました。1000人誰一人として簡単に学校に戻れた子はいません。私と親御さん、訪問カウンセラーと子どもがみんなで努力し苦労し不安になってもそれを乗り越えてきたから、復学できるのです。結果的にすべての子どもたちを復学に導けたことは誇りに思います。そして多くの方に「支援を受けてよかった。」「もっと早く出会いたかった」「今の幸せがあるのは上野先生のおかげです」と言っていただけたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

最近は講演活動やセミナーでいろいろな方に不登校の現状や不登校の解決に向けた考え方を伝える立場になりました。そして、家庭教育推進協会の代表理事として家庭教育の大切さを次の世代に伝える立場にもなりました。

後輩の育成や次の世代を担うカウンセラーや家庭教育相談士の育成にも尽力しながら子どもたちの明るい未来のためにこれからも活動を続けていきたいと思っています。またブログでも皆さんの役に立つ情報を発信していきたいと思っていますので参考にしてください。

私の好きな言葉「日々勉強」 支援を卒業いただくときにも「日々勉強」の気持ちで家庭教育を続けてくださいと伝えていますし、本のサインにも「日々勉強」と書いています。

あなたにもお伝えします。「日々勉強」の気持ちでこれからあなたの家庭の「理想のカタチ」を目指して頑張っていきましょう。

 

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